ラストサクセス(日本語ルールなし)
※『ラストサクセス』は前作から、マップやカウンターに大きな変更を加えない形での再版です。
【内容物】 マップ4枚、駒560個、シリーズルールブック1冊、ゲーム専用ルールブック1冊、プレイ補助シート等20枚、リソースカード5枚
※このゲームはカードデッキなしで遊べますが、シリーズ共通のカードデッキのルールが用意されていてカードデッキ本体は入っていません。『祖国の危機(La Patrie en Danger)』、『ナポレオンズ・ラスト・バトルズ』、『ナポレオン・リトリート』、『ナポレオン・ホイール』のカードデッキは、ユニバーサルデッキなので、このゲームのカードデッキとして使うことができます。
【プレイ人数】 2人(推奨)
【プレイ時間】 3~12時間
【難易度】 ★★★★(上級)
【推奨対象年齢】 15歳以上
ライブラリー・オブ・ナポレオン・バトルズ・シリーズ
オーストリア戦役の4in1会戦級ウォーゲーム
1809年4月~7月
この4つのゲームは、1809年の主要な戦いを扱っています。ナポレオン率いるフランス「ドイツ方面軍」は、ウィーン近郊で、カール大公指揮下の近代化されたオーストリア軍と対峙し、初めて大きな挫折を経験します。
各ゲームは、戦闘当日だけでなく、その前日に各軍が戦場へ向かって進軍する様子もゲーム化されています。
「ヴァグラム」と「アスペルン=エスリンク」は、同じ戦場を1枚の共通マップで再現しています。
ゲームのスケールは『ナポレオン・ラストバトルズ』と同じで、1ヘクス=525ヤード、1ターン=1時間です。また、指揮官および軍団司令官による指揮システムも継承されています。
【ゲームが4つ入っています】
アーベンスベルク 4月19~20日
エックミュール 4月21~22日
アスペルン=エスリンク 5月21~22日
ヴァグラム 7月5~6日
(ボーナスゲーム)トイゲン=ハウゼンの戦い
アーベンスベルク
「ドナウの危機」 4月19~20日
オーストリア軍の侵攻から1週間後にバイエルンへ到着したナポレオンは、失った時間を取り戻し、主導権を奪回しなければなりませんでした。
ルートヴィヒ大公率いるオーストリア軍第5軍団と小規模な第2予備軍は、左翼方面で分散し孤立した状態にありました。ナポレオンはダヴー率いる第3軍団と合流した後、自ら指揮するバイエルン軍およびヴュルテンベルク軍を用いて、オッフェンシュテッテン、ビーブルク、ジーゲンブルク、ロールで行われた一連の後衛戦において、ルートヴィヒ軍を容易に撃退します。
その後、ヒラー元帥率いるオーストリア軍第6軍団が介入し、ロッテンベルクでフランス軍の追撃をようやく食い止めました。
オーストリア左翼軍がランツフート方面への撤退に成功すると、ナポレオンは次の目標であるエックミュールへと目を向けます。
エックミュール
「カール大公の脱出」 4月21~22日
エックミュール(エッグミュール)で、ナポレオンはレーゲンスブルクへ向かう街道上に展開していたカール大公の後衛部隊と遭遇しました。
しかしカール大公は、軍主力による本格的な会戦を避け、戦場外への撤退準備を進めていました。
アスペルン=エスリンク
「ナポレオンの撃退」 5月21~22日
フランス軍によるウィーン占領後、撤退するオーストリア軍守備隊は巨大なターボル橋を破壊しました。ドナウ川対岸にはカール大公率いるオーストリア軍が接近しており、フランス軍は敵が河岸防御を固める前に渡河を成功させる必要がありました。
急造の舟橋を架ける拠点として、ロバウ島が選ばれます。
5月19日から20日にかけての夜、最初のフランス軍師団がロバウ島へ到着しました。翌夕方までには2万2,000名が集結し、シュテットラー支流に橋を架けて、ミュールアウ突出部へ渡河します。
しかし気温の上昇によって山岳地帯の雪解け水が流れ込み、ドナウ川は増水し始めました。懸命に作業を続けたフランス軍工兵隊も、舟橋の延長維持に苦戦します。やがて橋は係留を失って流され、さらにオーストリア軍の火船攻撃によって完全に破壊されました。
増援も補給も受けられなくなったフランス軍は、アスペルンとエスリンクの防衛を辛うじて維持するのが精一杯でした。こうしてナポレオンは、自ら指揮する戦場で初めて敗北を喫することになります。
ヴァグラム
「マルヒフェルトの会戦」 7月5~6日
アスペルン=エスリンクの戦いの後、マッセナ率いる第4軍団はロバウ島に留まり、他の軍団はドナウ川西岸へ撤退していました。
ナポレオンは再度の渡河作戦を計画します。ミュールアウ方面への陽動攻撃で敵の注意を引きつける一方、本命となる渡河はロバウ島東側で実施されました。狙いは、ノルトマン率いる支援の乏しい前衛部隊が守る、オーストリア軍の開いた側面へ回り込むことでした。
7月4日夜、フランス軍はロバウ島への渡河を開始します。翌朝までに、第2、第3、第4軍団はマルヒフェルト平原への展開を完了しました。
当初カール大公は前進防御を検討していましたが、最終的にはルスバッハ高地で防御態勢を取りつつ、右翼をドナウ川沿いに前進させる方針を選びます。
戦いは、マルクグラーフノイジードル、バウマースドルフ、ドイチュ=ヴァグラム、アーダークラーといった村々を中心に展開されました。
ボーナスゲーム トイゲン=ハウゼンの戦い
4月20日
ダヴー率いる第3軍団は、イスリングからアーベンスベルクへ向けて前進していました。輜重隊はドナウ川沿いを進み、4個師団はその護衛と警戒のために展開していました。
フリアン師団とサン=ティレール師団は、統制を欠き動きの鈍いオーストリア軍を比較的容易に撃退し、大きな損害を与えます。
その一方で、モラン師団とグダン師団は、危険なザール峡道を西へ急行し、アーベンスベルク周辺で戦っていたバイエルン軍との合流を急いでいました。
最初の2個師団がすでに通過した後、ホーエンツォレルン率いるオーストリア軍第3軍団の前衛騎兵が、シュナイトハルトおよびザールハウプト付近に姿を現します。
トイゲンを見下ろす丘陵地から、カイザー将軍はサン=ティレール師団の側面を脅かしました。長時間にわたる戦闘と、遅れて到着したオーストリア擲弾兵部隊の投入の末、ホーエンツォレルン軍は尾根線から後退を余儀なくされ、フランス軍は無事に突破することに成功しました。
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